山田洋次『武士の一分』

山田洋次『武士の一分』(公式サイト)
【評価】★★★☆☆
「及第点ではあるけれど…」というところでしょうか。


(ここから先は内容に触れています)


ストーリー自体は定番というか、手堅い進行になっています。主人公・新之丞(木村拓哉)と妻・加世(檀れい)の絆を中心に、失明した上に妻を手込めにされたことに対する新之丞の「武士としての一分」の保ち方を絡めて物語は進行。最後の加世の「帰り方」も、まあ納得のいくものだったと思います。
しかし、ストーリー展開自体が淡々としたものだっただけに、もう少し登場人物の人となりや心理状態の描写を細かくした方が良かったのではないでしょうか。例えば盲目にもかかわらずあれだけの剣を振るうことのできる新之丞の腕前を示すエピソードを前半に入れるとか、秘密を抱えながら夫に接する加世の心の揺れを描写するとか。手堅い進行が逆に平板な印象を与えてしまった感は否めません。鳥かごと番の小鳥に関するエピソードをラスト前に集中させるのではなくもっと前の段階から小出しにしておけば良かったのに、とも思います。


木村拓哉の演技にもちょっとガッカリです。真相を知り加世に離縁を言い渡す場面の演技はなかなか良かったとは思いますが、そこの迫力を際だたせるためか、物語冒頭をはじめとした「軽い」ノリの演技が非常に気になりました。「うだつの上がらない自分に少々嫌気がさしている下級武士」という設定で始まるとは言え、あのような軽いノリの武士がいるでしょうか。演者ではなく「木村拓哉っぽさ」が濃厚に感じられて違和感を覚えざるを得ません。


「一分」という語を用いたことはとても良いと思います。「面子」だと世間体を、「沽券」では個人的な感情を想起してしまうのに対し、「一分」という語からはあくまで内面的な、心の問題というイメージを受けます。新之丞は直面する問題に対してあくまで自分の心に諮って行動しており、その意味でこの「一分」という言葉はピッタリだと思います。


それなりに感動はできますが、役者あるいは登場人物を活かしきったかという点では『たそがれ清兵衛』に遠く及ばず。彼が日本アカデミー賞ノミネートを辞退したのも宜なるかな。だって獲れないもん。