『ぐるりのこと。』

『ぐるりのこと。』(公式サイト)
【評価】★★★★★

「お、動いた!」小さくふくらんだお腹に手を当て、翔子は夫のカナオとともに、子を身籠った幸せを噛みしめていた。しかし、そんなどこにでもいるふたりを突如として襲う悲劇──初めての子供の死をきっかけに、翔子は精神の均衡を少しずつ崩していく。うつになっていく翔子と、彼女を全身で受け止めようとするカナオ。困難に直面しながら、一つずつ一緒に乗り越えていくふたりの10年にわたる軌跡を、『ハッシュ!』以来6年ぶりにメガホンをとる稀代の才能・橋口亮輔が、どこまでもやさしく、ときに笑いをまじえながら感動的に描きだす。人はひとりでは無力だ。しかし、誰かとつながることで希望を持てる。決して離れることのないふたりの絆を通じて、そんな希望のありかを浮き彫りにする、ささやかだけど豊かな幸福感に包まれる珠玉のラブ・ストーリー。法廷画家のカナオが目にする90年代のさまざまな犯罪・事件を織り込みながら、苦しみを乗り越えて生きる人間の姿をあたたかく照らしだしていく。(公式サイトより)

夫婦に限らず、大切な人を大切にするという当たり前の行為の大事さと困難さを描いた作品。


【注意】ここから先は内容に触れています。


木村多江、良かったです。子供を亡くしてうつになって行く過程での演技、嵐の夜に解き放たれてからの変わりようが素晴らしい。雑誌『SWITCH』で彼女のインタビュー記事を読んでから観たので、私の印象として役柄よりも「女優・木村多江」の方が勝ちすぎてしまったのはちょっと失敗でしたが。
うつを乗り越えてからの描写が一番胸に迫ってきました。再生して行く翔子を取り巻く何気ない日常の風景が、それまでとうって変わって色彩がグッと豊かになった映像で、結構な長い時間を使って描かれています。あとで公式HP見たら、監督さんに同じ経験があるそうで、それが反映されているようですね。
かたや夫・カナオ役のリリー・フランキー。こういう雰囲気で演じる役者、好きです。夫そのものの内面の変化をもたらす要素・家庭の事情があまり詳しく描かれていないのは手が回らなかったからでしょうか?ただ、法廷画家という職業を通じてさまざまな種類の人間を見ることで夫に変化が生じたことは分かる仕掛けになってはいます。

そう、この映画のもう一つの特徴は、夫婦の十年と共に、90年代初めからの世の中をもトレースしている点です。法廷画家である夫の眼を通じていろんな事件が出てきます。もちろん実名などは出てきませんが、「あああの事件だな」というのがすぐに分かるようになっています。当然私にとってもリアルタイムで見てきた事件ばかり。いろいろ思い出してしまいました。これらの事件の裁判の場面に被告人や証人として出てくる俳優さんも必見。個人的には横山めぐみが良かったと思います。

いくつか、細かい描写に疑問符がつきます。嵐の夜、家に電話をしても翔子が出ず、仲間とのつきあいを断って帰るカナオに、なぜ帰宅前に金閣のプラモを買う暇があるのか。カナオは飄々とした人間ですが、さすがにここは押っ取り刀で帰宅させた方が良かったのではないでしょうか。また、つぼが割れる場面、後ろの子供を同じフレームで映すのは失敗。振り回しているバットでつぼを割るのが分かってしまうし、何より子供が気になって仕方がありません、重要な科白がある場面なのに。

それでも良い映画であることに変わりはありません。人間、そうそう上手く行くもんじゃない。それでもなんとかなるものさ。