『ゆれる』

『ゆれる』(公式サイト)

東京で写真家として成功した猛は母の一周忌で久しぶりに帰郷し、実家に残り父親と暮らしている兄の稔、幼なじみの智恵子との3人で近くの渓谷に足をのばすことにする。
懐かしい場所にはしゃぐ稔。
稔のいない所で、猛と一緒に東京へ行くと言い出す智恵子。
だが渓谷にかかった吊り橋から流れの激しい渓流へ、智恵子が落下してしまう。その時そばにいたのは、稔ひとりだった。

事故だったのか、事件なのか。
裁判が始められるが、次第にこれまでとは違う一面を見せるようになる兄を前にして猛の心はゆれていく。
やがて猛が選択した行為は、誰もが思いもよらないことだった──。(公式サイトより)

夏からシアターキノでかかっていたもののなかなか行けなかった本作。27日で終了ということで、日曜日に見てきました。この日(22日)は既に一本見た後、頭を使う読み物をこなしていたので正直疲れていたのですが、無理して見て良かったと思います*1
監督の西川美和という人は寡聞にして知らなかったのですが、まあスゴイ人が出てきたものです。自らが見た夢(悪夢)をもとにして自分で脚本を書いた、これがデビュー第二作。


(ここから先は内容に触れています)



まず、タイトルの付け方、というか、ストーリーのタイトルへの収斂のさせ方が秀逸です。この物語では様々なものが「ゆれる」のです。

例えば主人公である弟・猛(オダギリジョー)。事件の唯一の目撃者である猛は、はじめは兄を救おうと奔走する。しかし、その行為が兄弟間の愛情ゆえか、それとも兄が思いを寄せている女性であると知りながら智恵子と関係を持ったことに対する後ろめたさゆえか、猛自身にも分からないまま、気持ちは揺れ動く。そして、温厚だったはずの兄が裁判の過程で今までに見せたことのない一面をあらわにし、それに戸惑い、ついにはそれまで拒んでいた証言台に立ち…。
一方の兄・稔(香川照之)。東京に出て写真家として成功した弟と対照的に、実家のガソリンスタンドを手伝い、父の面倒を見る毎日。ところが弟が現れたことで心の奥底に隠れていた感情が頭をもたげる。嫉妬・憎悪・復讐心…。自分でも気付かなかった「本当の自分」に戸惑い、揺れ動く…。

また、物理的に「ゆれる」吊り橋。
「事件」の起きた日。同じく東京への、猛との暮らしへの願望を抱き始めた智恵子が橋を渡って猛のいる向こう側へ行こうとするのを見て稔は後を追うのですが、こちら側に引き戻そうとするのではなく、しがみつきながらも一緒に渡ろうとする。その稔を智恵子はふりほどき、激しい言葉を浴びせる。それに逆上した稔は智恵子を突き飛ばしてしまい、そして「事件」が起こる…。なぜあんなところを渡ろうとしたのか、という弟の問いかけに稔は自分で自分が分からないという反応をする。「高所恐怖症」のはずなのに…。
稔が渡ろうとした吊り橋は、稔にとっては自分を縛り付けている故郷と東京をつなぐ象徴としての意味を持っています。こちら側(=故郷)に引き戻そうとするのではなくてしがみつきながらも猛のいるあちら側(=東京)へ智恵子とともに行こうとする行為は、稔の故郷を抜け出したい、自分も弟のようになりたいという願望の表れなのでしょう。


俳優達の演技も見事です。セリフに頼らずに心の揺れを表現しきったオダギリジョー香川照之。特に香川照之。猛が智恵子と関係を持って帰ってきた晩と、猛との最初の接見で豹変する稔は見物です。検察官役の木村祐一については賛否両論のようですが、冒頭陳述を棒読みし「ダメ検事」と思わせておきながら、尋問では鋭く稔を追い込んでゆくというキャラクター自体は結構はまっていたと思います。それがストーリー上効果的であったかは別問題として。

兄と弟の心の葛藤がメインテーマなので、「事件の被害者」あるいは「事故の犠牲者」である智恵子とその母親に終盤でほとんど触れていないのは仕方がないのでしょうか。ラストは、バスに乗ろうとする稔が泣き叫ぶ猛の声に気付いて微笑む、そこにバスが来て…というところで終わっています。はたして稔はバスに乗っ(て故郷を、家族を捨て)てたのか、それとも乗らなかったのか。乗らなかったとしても猛を許したのか…。監督は「想像しなくてもいいですよ、その先のことなんて」(パンフのインタビュー)と言っていますが、想像しちゃいますよね(笑)。

今のところ、「今年最も印象に残った一本」の地位は「ゆらぎ」そうにありませんw



自分自身の兄弟関係についても考えさせられました。私は血縁的には「兄」でありながら家族との距離は「弟」、社会的成功度から言えば「兄」という立場にいるので、猛と稔両方に共感する部分があって…。
で、「もしこれを見たらアイツはどう思うだろう?」などと考え始めたのですが、すぐに「自分は弟の内面などほとんど何も分かっていない」ということに気が付いてやめてしまいました。我々兄弟には猛と稔のような瞬間(とき)は訪れるのだろうか…

*1:無理して(翌日に微熱が出るほど)頭を使いまくったのは21日の悲劇とも喜劇ともつかない1−4の試合を忘れたかったからだという噂は本当ですw イヤ微熱はカゼのせいですけど。