村上春樹『1Q84 BOOK 1』『1Q84 BOOK 2』

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2

「しんぱいしなくていい」と少女は言った。
「僕は心配しなくていい」と天吾はただ相手の言葉を反復した。
 ふかえりは深く肯いた。
「つまり、僕には彼女が見つけられるということ?」
「そのひとがあなたをみつける」と少女は静かな声で言った。柔らかな草原を渡る風のような声だ。

 青豆、と彼は呼びかけた。
 それから思い切って手を伸ばし、空気さなぎの中に横たわっている少女の手に触れた。そこに自分の大きな大人の手をそっと重ねた。その小さな手がかつて、十歳の天吾の手を堅く握りしめたのだ。その手が彼をまっすぐに求め、彼に励ましを与えた。淡い光の内側で眠っている少女の手には、紛れもない生命の温もりがあった。青豆はその温もりをここまで伝えに来てくれたのだ。天吾はそう思った。それが彼女が二十年前に、あの教室で手渡してくれたパッケージの意味だった。彼はようやくその包みを開き、中身を目にすることができたのだ。
 青豆、と天吾は言った。僕は必ず君をみつける。