近藤紘一『バンコクの妻と娘』

バンコクの妻と娘 (文春文庫 (269‐2))

バンコクの妻と娘 (文春文庫 (269‐2))

力強いベトナム女房の内助の功でスクープに成功したバンコク特派員の気懸かりは、一人東京に残してきた〝わが娘〟ベトナム少女のことだ。自分の学力の遅れと将来への不安から微妙に揺れ動く娘心を暖かくつつみこむ若き新聞記者の父性愛。文化のあり方と教育の本質に迫る書下ろし。「サイゴンから来た妻と娘」続編。(裏表紙より)

前作『サイゴンから…』の中心がベトナム人の妻で、テーマが「異文化の受容と共存」だとすれば、本作の中心はその娘で、メインテーマは「自らの帰属する文化を持つことの意味」だと言えるかも知れません。
娘・ユンは父のバンコク転勤とともにリセの寄宿舎での生活を強いられ、孤独に耐えながら東京で暮らすものの、やがて両親の住むバンコクへ移住する。その過程で父は、娘の「文化的帰属意識」についてさまざまな思いを巡らせます。13歳で祖国を離れ「ベトナム人」にもなれず、かといって日本人になろうと努力するも上手く行かず。悩む娘を、しかし陰気な深刻さでもなく無責任ないい加減さでもなく、実に微妙な距離感を保ちながら見守っていく…。
娘の、ものを見る「基礎」=文化的帰属意識をどこに持っていくかについての悩みが実は前妻についての苦い思い出に根ざすものであるということが、最後に語られます。重い過去を抱えながらも、いや、だからこその家族愛。素晴らしい一家だったんだな、と思います。